講座沿革

外科教室の歴史

講座沿革

 1975年に一県一医大構想のもと島根医科大学が設置され、外科学講座は1977年に第一外科(中瀬 明教授)と第二外科(中村輝久教授)が開講されました(図)。 その後、国立大学法人化に伴って島根医科大学は島根大学と合併し、島根大学医学部に移行しました。

 2005年、第一外科第三代教授の樋上哲哉教授と第二外科第二代教授の永末直文教授の退官を契機に臓器別組織再編が行われました。その結果、外科学講座は消化器・総合外科と循環器・呼吸器外科に再編され、消化器・総合外科は消化管、肝胆膵、乳腺・内分泌、小児の外科を担当することになりました。

 2006年10月に消化器・総合外科の初代教授として田中恒夫教授が、また2011年10月には第二代教授として田島義証教授が就任し、現在に至っています。

 統合再編が行われるまでは二つの教室がそれぞれ外科全般を担当していました。旧第一外科は胆膵と乳腺、旧第二外科は食道、肝臓、小児に注力し、ちなみに1989年には当時の第二外科永末直文助教授が先天性胆道閉鎖症に対して本邦1例目の生体肝移植を行っています。組織再編後は、各分野のスペシャリストが一同に会したことで、多岐にわたる外科領域の高いレベルでの診療・教育・研究ができるようになりました。現在、消化器・総合外科では22名の教室員(教官15名、女性医師6名)が活動しています。

診療

 島根県の人口は日本で2番目に少なく、一方で高齢化率(65歳以上の人口比率)は30%を超えており、少子高齢化が進む日本の将来像を象徴しています。また、島根県の都道府県別にみた悪性腫瘍による死亡率は常に上位にランクされています。

 これらの地域特性を踏まえて、消化器・総合外科では合併症や侵襲の少ない治療を心がけ、悪性疾患に対しては消化器内科、放射線科、腫瘍内科、臨床病理部と連携したキャンサーボードに基づく集学的治療を展開しています。同時に、周術期を管理する回復期病棟、化学療法を行う腫瘍センター、終末期医療を行う緩和病棟との相互ネットワークを構築しています。

 また小児外科は、県内唯一の小児外科専門病院として県内全域から手術が必要な小児疾患を受け入れています。近年、外科治療における内視鏡外科手術の占めるウエートが高くなってきました。これに対応するため、手術機器の充実を図るとともに、内視鏡手術トレーニングセンターを立ち上げて高度かつ安全な手術手技の向上に努めています。

教育・臨床研修

 医学部教育では、チュートリアル講義、OSCE実習、臨床実習を担当しています。臨床実習では、学生ひとりひとりにiPadを提供してより充実した教育指導を行うとともに、内視鏡手術のバーチャルトレーニングシステムや皮膚・血管・腸管縫合ウエットラボなどを活用した実践的な学習を積極的に取り入れています。

 卒後臨床研修の特色として、循環器・呼吸器外科とのローテーション制度を活用し、外科領域全般の症例をより早い時期に経験することができます。これにより、外科学会専門医の取得が円滑に行えるようになりました。また、卒後年度に応じた手術経験やサブスペシャリティ専門医・指導医の養成、学位取得など、年次スケジュールに則った教育を行っています。

 教育機関は大学病院だけでなく、手術症例が多彩で豊富な県内の基幹病院をローテーションすることができます。

研究

 診療グループ毎に、実臨床に即した臨床的・基礎的研究を行っています。治験としてはJCOG参加登録、さらに化学療法を中心とした島根県ならびに山陰地区の多施設共同研究をリードし、その成果を全国に発信しています。

 また、基礎系医学教室と密にタイアップし、癌の疫学調査や臨床病理・病態生化学・腫瘍免疫学的研究などの基礎研究も精力的に行っています。

働きやすい労働環境

 2011年に新病棟が完成し、外科教室が関係する手術室、ICU、腫瘍センター(化学療法)、緩和病棟、回復期病棟、女性病棟が新設されました。2012年には外科外来と外科病棟の改築が完了します。

 どの部屋も明るく広々とし、充実した施設・設備の中で働くことができます。同時に、働きやすい労働環境つくりにも精力的に取り組み、女性医師のための定時制勤務や託児所なども整備されています。大学の外科教室としての伝統を守りつつも古い慣習にとらわれず、アットホームな雰囲気の中で伸び伸びと仕事ができる環境が整っています。

 島根県は交通の便が悪いと思われがちですが、2012年には山陽への高速道路網が全面開通します。また、大学病院の近くに出雲空港があり、航空を利用すれば東京(羽田空港)まで80分、大阪(伊丹空港)まで60分弱の便利さです。是非、若い外科医の当教室への参入を期待しています。

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